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【伊福部昭 特集】和田薫インタビュー(後編)
伊福部昭の門下生でもある和田は、師と同様にキングレコードからリリースされている『交響曲獺祭 ~磨migaki~』(2021)などの純音楽と映像音楽の両面で活躍中だ。
また、伊福部関連アルバムでは『伊福部昭の芸術 12 壮 生誕100周年記念・第4回 伊福部昭音楽祭ライヴ』(2014)の指揮、『映画「ゴジラ」(1954) ライヴ・シネマ形式全曲集』(2016)では、指揮のみならずスコアの復刻編纂も手がけている。
伊福部昭が学長を勤めていた東京音楽大学で作曲を学んだ和田薫に、「師」としての伊福部先生、そして人間・伊福部昭の側面、さらに伊福部から聴いた映像音楽の極意などを語って頂いたインタビューの後編をお届けします。
進行・文:高島幹雄 / 写真:Ryoma Shomura
2024.11.27
(前編はこちら)
―― 東京音大には伊福部先生のゼミもあったんですね!
そうなんです。東京音大のゼミは学外の人も聴講ができました。やがてそこに変わった人たちがやってきたんです。ちょっと風貌も変わってるし(笑)、発言も変わっていて……。伊福部先生にやたらと(笑)特撮映画の音楽の話をするんです。後に『ゴジラ伝説』を出すヒカシューの井上誠さんもその中にいらっしゃいました。そこで僕の中で初めて伊福部先生とゴジラが繋がったんです。「えっ!? 伊福部先生はゴジラの音楽をやってるんですか?」と言うと先生は「ええ、お恥ずかしい話で」みたいな感じで謙遜なされて(笑)。1981年のことでしたので、ゴジラの復活を待望する声が増えてきた頃だったと思います。
―― あの頃そのゼミのことを知っていたら、自分も行っていたと思います(笑)
ようやく先生は(映画音楽についての)重い口を開いてくれたんです。当時の伊福部先生はレッスンやゼミでは、商業音楽(映画音楽)の話は一切していなかったのです。変な言い方かもしれませんが、商業音楽のことはアカデミックな場ではするべきことではないという、完全に切り離したお考えだったのです。だから最初の頃は映画音楽の話をすることができなかったんですが、その外部からやってきた人たちが熱心にタブーを破ってくれるので(笑)、僕はそれを後ろの方で、フムフムと聴いていたのが始まりでしたね。それと、伊福部先生の作品をこの頃にいちばん多くお手伝いしていたお弟子さんだった池野成先生も東京音大にいらっしゃって、僕は管弦楽法の授業を池野先生から受けていたんです。池野先生は「映画音楽なんて酷いもので、あんなのをやっているのは作曲家の風上におけない」とまでおっしゃるのを聞いて、「池野先生も伊福部先生も映画音楽をいっぱいやってるのになあ」と思ってました(笑)。
―― 映画音楽をそこまで徹底的にご自身の中で厳しくセパレートしていたんですね。でも和田さんにとっては、作曲の師を求めてようやく出逢えた伊福部先生と毎日会って、話ができてという至福の日々だったのではないですか?
すごい曲を作曲した好きな作曲家がまだ生きているということは、昔だったらシューベルトがベートーベンに憧れても会えなくて、建物の影から見ていたような、そんな感覚に近かったと思います。実際に伊福部先生とお会いして変な汗がバーッと出るくらい緊張はするけれど、毎週のレッスンやゼミは本当に楽しくて貴重な体験でした。ゼミの時間が終わっても夜の9時、10時までお茶をしたりしながら一緒にいたんですよ。そうこうするうちに先生のご自宅へも伺うようになりました。それこそ芥川也寸志先生が伊福部先生の講義を聴いてショックを受けて、その頃は日光に住んでいた伊福部先生のところに押しかけて三日三晩泊まり込んだというのもわかるくらい影響力が強い先生だったので。
―― ゼミが終わった後のお茶の時間やご自宅にいらっしゃる伊福部先生とのお話で、今ここで思い出されることってなんでしょうか?
ご自宅に行くとコーヒーの豆を挽くところから淹れて下さって、コーヒーの歴史にも詳しかったですし、伊福部先生は音楽のことだけでなくとても博学な方でした。何か話すにも「和田さん、ご存知ですか?」みたいな問いかけから始まりましたね。それから先生の仕事場兼応接室に入ると、伊福部家の家学でもあった老子の「無為」の字が飾ってあったんです。僕も老子が好きで高校生の頃に読んでいたので、「先生、僕も老子が好きなんです」って言ったら「あら珍しい」とおっしゃって。学校では、アンドレ・ジイドの言葉を引用して「道端にある地蔵の頭にカラスが糞をたれてできたその模様さえも芸術的価値があると思うようにならないと芸術家としてはダメだ」ということもおっしゃったり、芸術、学問、哲学、いろんな話をなさるので、18歳19歳の僕にとっては毎回が雷に撃たれるような衝撃を受けてました。
―― それは刺激的な毎日ですね! 和田さんから見た伊福部先生の日常といいますか、普段はどんな感じの人だったのか、もっとお伺いしたいです。
それに先生はとても体格も良くてダンディなんです。先生が着る服は奥様が作っていらして、冬になるとボア付きのコートに黒い帽子もかぶっていて、映画に出てきそうな出立ちでしたね。先生はジェントルマンな反面、毒舌なところもあったんです。第三者的な人の前ではそれが薄めになるんですが、ゼミとかレッスンではけちょんけちょんに言いますから、僕のこともこうやって言われないようにしなくちゃって思ってたんです(笑)。他に対してだけでなく、伊福部先生ご自身のことも自虐的な毒舌になることもあるんです。伊福部先生は「シンフォニア・タプカーラ」の初演の時はけちょんけちょんに批判されたんですが、あの当時はいろんな音楽のスタイルに対して批評批判するのが文化人の一つのステイタスみたいなところもあったんです。そんな時代を生きてこられた名残りでもあったかと思います。今はみんな優しいからそんなことは無くなりましたけど、容赦なくいきなり噛みつく時代でしたからね。紳士的と毒舌と…清濁併せ持ってる人ってこういうことかなんて(笑)思ったりしましたね。
―― 和田さんが伊福部先生から教わる中で、影響を受けたことはなんでしょうか?
伊福部先生は個々の音楽スタイルについては一切言わなかったんですけど、「作曲家が純粋に作曲家たらんとすれば、民族 を通過することしか有り得ない」というので、じゃあいろんな民族音楽を勉強しようと思って、アフリカとか中東、中国のレコードを大学の図書館で聴いたりしていたんです。面白い音楽を見つけたりしながら聴いていくうちに、自分の(音楽の)立ち位置はどこになるんだ? ということを考えるようになったわけです。それでも18年か19年生きてきた中で、近代的な文化と受けてきた戦後教育の影響しか受けていないので、そのジレンマを抱えていたことがあって、伊福部先生に思い切って訊いてみたんです。「先生はご自身の音楽スタイルの中で民族感のことを言いますけど、僕は生まれてからそんなことを感じたことがないんです。どうしたらいいでしょうか? これは勉強すべきものですか?」と。そうしたら「和田さんの血の中にあるから、勉強は必要ない」と。「ただ、如何に自分が純粋であるべきかということだけを考えなさい」とおっしゃったんです。こういう勉強をしなさいということは言わないんですが、(作曲者、音楽家としての)自我が目覚めるまでフォローしてくれるんです。
―― 伊福部先生と過ごす時間と共に、具体的なことを教わるということからだんだんと、その存在が精神的支柱になっていったように感じますね。和田さんはやがてプロの作曲家になったわけですが、その際に伊福部先生がおっしゃられた言葉はあったんでしょうか?
大学を出た後の20代の頃はヨーロッパを放浪したりしてお金にならない音楽活動をしていました。作曲家になった、というよりも作曲の仕事で食べられるようになったのは、それこそキングレコードさんのおかげもあるんですが、アニメ作品の劇伴、商業音楽をやるようになってからなんです。商業音楽の仕事が忙しくなってきた一方で、自分の音楽、純音楽も書きたいという二足のわらじをやっていたんです。もうどうしようもないくらいに時間が無いわけなんです。でも考えてみれば、伊福部先生も同じように過ごされていた時期があって、「シンフォニア・タプカーラ」を作られた年には『ゴジラ』の1作目があって、その後もすごく多忙なのにたくさんの音楽を作ってこられたんですね。三十代半ばであまりの忙しさにヘロヘロになって、伊福部先生に愚痴をこぼしたことがあったんです。先生の手伝いもあったのでご自宅へはよく行っていたんですが、ある日、「劇伴の仕事が忙しくて自分の音楽を作る時間がなくて、作ったとしても納得できる曲が出来ないんです」とかどうしようもないことをついつい言ってしまって。そんな時はいつも黙って煙草を吸いながら、もしかして寝てるんじゃないかと思うほどじっと目を閉じたまま、僕の話を聴いてくれるんです。そして「和田さんね、しょうがないんです。やるしかないんです」と。そこでハッとなって、伊福部先生も充分辛かったけどやるしかなくてやっていたんだなと、思ったんですね。そんな時も伊福部先生は、僕に切り替えをきちっとしなさいと言うのではなくて、自分の時はこうだったという話をしてくださったんです。愚痴を聴いて頂いてありがとうございますとしか言えないんですけど。商業音楽に時間をとられて純音楽が書けないというのは言い訳でしかないんですね。それで心を改めたんです。
―― 伊福部先生は当初、映画音楽の話をしなかったというエピソードがありましたが、和田さんが先生から学ぶ中で、映画音楽について聴いた話で思い出せることはなんでしょうか?
毎年正月2日に弟子たちが集まる会があったんですけど、そこで松村禎三先生だったかな、ほろ酔いもあったのか先生に「どうやったらゴジラの音楽が書けるんですか?」という素人のような質問をしたんです。これに先生は「低音楽器を全てユニゾンにすればいいんです」と即答してました。この時は僕はまだ学生でお酒を注ぐ係をしていたんですけど、「すごいことを言ってるなあ」なんて思いながら聴いてました。コントラバス、チェロ、ファゴット、チューバなど低音が出る楽器に同じメロディーを演奏させるんだと。絢爛豪華にオーケストレーションを散りばめるのではなくて、最もシンプルに80人くらいいるオーケストラを使ったらどうなるか?と。パワーというか、音圧とは違う音勢の迫力が違うという話でした。そんな話を僕は「そうか!」と思いながら聴いて、参考にしてましたね。
―― 伊福部映画音楽の極意のような話ですね!
伊福部先生の音楽で、純音楽と比べて映画音楽は比べものにならないくらいシンプルなんです。純音楽の場合は「フォルムが重要」という音楽形式でもなければ、作曲家の音楽スタイルでもなく、非常に抽象的な使い方を先生はするんです。それに対して劇伴というか映像に付ける音楽は音楽ではないと日頃からおっしゃっていて、音楽ではないけれども映像に必要な音は何か?と。映像と音楽、演出の間にあるドラマトゥルギーというのをよくゼミでもおっしゃってましたね。それで「ドラマトゥルギーってなんですか?」と訊いても「これはねえ和田さん、説明が難しいんですよ」とはぐらかすんですよ(笑)。なんとなくわかってきたと思ったら、先生は別のことでも使うんですよ。でも、ドラマトゥルギーの効果を産むためには、純音楽のようにアカデミックで濃厚な音楽は必要じゃなくて、音楽が映像を演出するにあたって効果的な部分は何かというところのドラマトゥルギーを伊福部先生は重要視していたんです。伊福部先生は映画音楽の中で、ご自身の過去の音楽からメロディー、フレーズを流用することがあるんですが、それは新しいメロディーが出来ないのではなくて、ドラマトゥルギー的効果をいちばん発揮出来るものを使っているだけなんです。伊福部先生は映像への選曲も上手いんですよ。伊福部先生のドラマトゥルギーという考え方をもとに、音楽が必要なところに必要最低限の音をいれていくんです。当時の東宝で、伊福部先生の特撮映画と対極にあったのが、早坂文雄先生の黒澤明監督作品だったんですが、黒澤さんは音楽も自分でコントロールしたい人だったので、早坂先生のストレスはかなりたまっていたそうです。特撮映画では円谷英二監督も本多猪四郎監督も音楽は伊福部先生にお任せだったので、自由な発想で出来たんです。伊福部先生も『ゴジラ』以前に、東宝ではないですが黒澤映画を1本だけ、『静かなる決闘』(1949)の音楽をやったんです。その時に大喧嘩をしたから黒澤明監督とはもう二度とやらないと伊福部先生は言ってました(笑)。
―― 最後に伊福部先生の数ある作品の中で1曲を挙げるのは難しいと思うんですが、今、この場で思い浮かぶお好きな曲はなんでしょうか?
そういうことでしたら「日本狂詩曲」(1936)です。先生の最初のオーケストラ作品で、ボストンでの初演の時から世界の名だたる作曲家たちが絶賛したんです。曲自体もこんな表現はなんなのですが、先生の作品の中では飛びぬけてメチャクチャなんですよ(笑)。ハープやチューバを見たことがなかったのに譜面を書いたんですから。それだけのすごい才能と洞察力だったと思うんです。当時はそれまでの日本の作曲家に無い音楽スタイルの曲で斬新だったし、伊福部先生の原点だと思います。僕が最初に衝撃を受けたピアノと管絃楽のための「リトミカ・オスティナータ」は、音楽構造がしっかりしているんですが、発想が「日本狂詩曲」に通じるものがあるんですよね。
―― ここまでありがとうございます! この後は『伊福部昭の芸術』のほか、11月に発売になった『SF特撮映画音楽の夕べ』のSACDハイブリッド、『ゴジラ』『キングコング対ゴジラ』の単独アルバムを担当しているディレクターの松下さんとの対談ですので、よろしくお願いいたします。
盛りだくさんの取材ですね!
【Release Information】
『ゴジラ』と『キングコング対ゴジラ』のオリジナル・サウンドトラックがLP再発売&初CD化
2014年に、当時、東宝ミュージック社長岩瀬政雄氏が管理していたマスターテープを基のテープの音に近い状態で丁寧にリマスタリングしたものでLPとして発売した。今回はそのマスターテープを使用してのLP再発売と初めてのCDの発売となる。
「ゴジラ」オリジナル・サウンドトラック
・LP(KIJS-90043) 定価:¥5,500(税込) 発売中
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKIJS-90043/
・CD(KICS-4171) 定価:¥3,300(税込) 発売中
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICS-4171/
・配信はコチラ
「キングコング対ゴジラ」オリジナル・サウンドトラック
・LP(KIJS-90044) 定価:¥5,500(税込) 11月3日(日)発売
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKIJS-90044/
・CD(KICS-4172) 定価:¥3,300(税込) 11月6日(水)発売
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICS-4172/
・配信はコチラ
SACDハイブリット盤「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤も発売!
1983年8月5日、日比谷公会堂で行われた、伊福部昭ルネサンスのきっかけとなった伝説のコンサートの実況録音盤をSACDへ完全復刻。
デジタル録音の最初期でもありデジタルテープとアナログテープの両方が同時に廻されていた。今回は、アナログテープを採用してSACD用に新たにマスタリングを施している。また、アートワークは、最初に発売されたLPを完全に復刻しており、豊富なステージ写真も封入。
「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤
・SACDハイブリッド盤KIGC-37 定価:¥4,400 11月6日(水)発売
https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKIGC-37/
・配信はコチラ(ハイレゾ購入特典あり)
【キング伊福部まつり 絶賛開催中!】
キング伊福部まつり オリジナル特典「オリジナルチケットホルダー」もついてくる!
詳細はこちら
https://www.kingrecords.co.jp/cs/t/t15420/
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