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【江利チエミ企画】土岐麻子×福原音(シャッポ) 江利チエミ対談
1982年に45歳の若さで死去するまでに数多くの音源が発表されたものの、これまでサブスク化されていたものはごく一部にすぎなかった。このたびキングレコードに残された江利チエミの音源が一挙サブスク化。デビュー当初のSP音源から最晩年となる1980年代前半のものまで、圧巻のアーカイヴが公開されることになった。
江利チエミ音源のサブスク化を記念し、かつて江利音源集『King Re-Jazz Swing ~Chiemi Sings』の選曲も担当したシンガーの土岐麻子、そして江利チエミに対して並々ならぬ愛着を持つ福原音(シャッポ)の対談を企画。文筆家の大石始をインタヴュアーとして、江利チエミの歌世界の魅力についてじっくり語り合った。
文:大石始 / 写真:松永樹
2026.1.28
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――まず、お二人が江利チエミを意識したきっかけからお話いただけますか。
土岐:2006年にキングレコードが『King Re-Jazz Swing ~Chiemi Sings』という江利チエミ集を出すということで、選者として声をかけていただきまして。そのときにほぼ初めて江利チエミさんの歌と向き合ったんですよ。もちろんテレビから流れてくるチエミさんの歌は聴いたことあったんですけど、スウィングジャズを歌っているようなものはそのとき初めて聴きました。
選曲するにあたって、キングレコードさんからCDをたくさん送っていただいて、それを聴いていたらものすごくハマりまして。 すっかりチエミさんのファンになっちゃった感じですね。
――『King Re-Jazz Swing ~Chiemi Sings』を選曲するときにはどんなことを意識していたのでしょうか。
土岐:チエミさんは晩年苦労されたこともあって、声が途中で変わりますよね。その前の、若々しくてエネルギッシュで、ちょっと粗削りなところもあるチエミさんの曲を中心に選びました。
――土岐さんは2007年のアルバム『TALKIN’』で「カモンナ・マイハウス」をカバーされていますよね。
土岐:どうしても歌いたくなっちゃって。そのころは「チエミさんになりたい」くらいの気持ちだったんです。中学生のころに好きなバンドに憧れて楽器を手にしたように、大人になってから初めてそういう衝動を感じました。

――江利チエミさん以前、昭和の大歌手に憧れたことはなかった?
土岐:日本人に限らず、そもそもシンガーに憧れたことがなかったかもしれない。それくらい衝撃的だったし、理想が詰まっている感じがしました。
そのコンピレーションでは選ばなかったような晩年の楽曲には儚さもあるし、ウェットに歌うこともできる。一方で初期のジャズではすごくドライな感じで歌っていたり。コブシを効かせて民謡を歌うこともできるし、和洋を行ったり来たりできる。本当に理想の歌手です。
――福原さんはいかがですか。
福原:おばあちゃんの一番好きな歌手が江利チエミで、僕が音楽をやってると言うと、よくその話をするんです。おばあちゃんは今92歳なんですけど、ドンピシャ世代みたいで。
僕自身は高校生くらいから1940年代の音楽をずっと聴いていたんですけど、アメリカ一辺倒だったので、江利チエミはそんなに通ってなくて。でも、上京してきてから名画座で観た映画『ジャズ娘誕生』(1957年)に衝撃を受けました。「なんで日本人でこのフィーリングで歌えるの?」と驚きましたね。その名画座では和製ミュージカル特集をやってたので片っ端から観たんですけど、江利チエミのことが頭の中から離れなくなっちゃって。
――『ジャズ娘誕生』は江利チエミと石原裕次郎が主演していて、福原さんの世代(2000年生まれ)で衝撃を受けることはなかなかないですよね。
福原:そうですね。まあ、古いものが好きっていう自分の性格はあるんですけど、江利チエミはそういうものを超えてますね。とてつもない普遍性と技術があると思います。
スウィングをやってるときの江利チエミのフィーリングって、例えば自分の好きなマキシン・サリヴァンとか黒人の歌手に近いところがあるんですよね。あるいは、白人なのに黒人みたいに歌うエラ・メエ・モーズみたいな。江利チエミにはそういう人たちと共通するフィールみたいなものがあって、本当にびっくりしたんですよ。

――江利チエミはその当時の日本人ではなかなか掴み取りづらかったジャズやラテンのリズム感覚を、それこそ子供のうちから体得していたとも言われますよね。
福原:『裏町のお転婆娘』(1956年)っていう映画もありますけど、これらの映画に出演していたころはまだ10代ですよね。あの作品を観ていても、何らかのフィーリングを自分の表現として昇華する力に驚かされるんですよ。それが若さなのか、持って生まれたものなのか分からないですけど、それがすごく伝わってくる。
土岐:英語圏の人には“跳ねないリズム感”があると思っていて、私にとってはそれがカッコ良いんですけど、跳ねずに歌うのは難しくて。チエミさんの場合、初期の音源からその感覚があって、だからこそフレーズがビシッと決まるんです。耳がめっちゃ良いんでしょうね。
――跳ねずに歌うのは難しいんですか?
土岐:私には難しいです。跳ねちゃうんですよ。でも、跳ねちゃうとフレーズが収まらなくなってしまう。チエミさんはそこがビシッと決まるんですよ。
福原:跳ねない感じがちょっとロックっぽいなって感じるときがありますね。典型的なスウィングビートみたいな伴奏スタイルに対して、歌でそのノリを当てていくというか、歌でノリを作っていく。その感覚が最初から分かっている人だなと思うんですよ。
――伴奏は跳ねてるんだけど、歌自体は跳ねないことでノリを作っていく、と。
福原:そうそう。跳ねないタイム感ってロックンロール以前の考え方だと思うんですけど、ロックってジャズ的に跳ねるスウィングのベースと、リズムの割り方が分かってるドラムの間で生まれる揺れのリズムだと思うんですね。江利チエミはそれが一人でできている感じがするし、そこがすごくロック的だなって思います。
――江利チエミはお父さんがミュージシャン、お母さんが浅草オペラの俳優だったわけで、音楽的に恵まれた環境で育ったとも言えると思うんですが、それだけのものを幼少時代の時点で掴み取っていたのはなぜだったんでしょうね。
土岐:先日、別の番組で終戦直後からジャズを始めたミュージシャンのインタビューを聞いていたんですよ。当時はジャズをやろうとしてもみんなレコードしか手がかりがないわけですよね。終戦前だと、蓄音機でみんな押し入れの中に集まって、小中学生が食い入るようにしてジャズを聴いてたんですって。耳からだけしか情報が得られなかった時代の集中力は凄まじかったと思う。チエミさんも同じように家でレコードを聴いていたと思うんですね。

――原信夫さんの生前のインタビュー動画がYouTubeに上がっていてその動画を観てたんですけど、確かにチエミさんが持っていた「テネシーワルツ」のSPは聴きすぎて盤面が白くなっていたと言っていました。
土岐:それはすごいですね。
福原:江利チエミってこの世代にしては珍しく、聴くこととやることが両立した状態でスタートしている人なのかなと思いますね。進駐軍の軍人さんから「テネシーワルツ」のレコードをもらって、それがきっかけでジャズにのめり込んでいったそうですけど、聴くこととやることがシームレスに繋がっている。 なんとなく、日本人の洋楽の受容って研究っぽいところからスタートした面があると思いますけど、そこが違う気もしますね。
土岐:あと、好きじゃないと歌えない歌ですよね。本人が本当に音楽が好きなんだなということが感じられる。
――“お金のために仕方なくやってる”という感じではないですよね。
土岐:そうではないですね。生き生きしてる。
福原:“肝っ玉感”もありますよね。下町育ちっていうのもあるのかもしれないですけど。チャキチャキ感というか、後腐れない感じがある。
土岐:分かる気がする。チエミさんって、盛り上がっていてもちゃんと音楽的なところで歌を切ったりするんですよね。あれだけ歌える方だったら、自分を見せるためにもっと歌を引っ張るだろうに。そういうことをしない。
福原:気持ち良くなりすぎてない。
土岐:そうそう。音楽的なところでちゃんと語尾を切ったりするし、そういう部分もすごくミュージシャン的だなと思います。
――英語の発音やイントネーションもすごく自然ですよね。スペイン語にも違和感がないし、各国の言葉で歌っています。

福原:ラテンも上手いですよね。これ(『チエミ ラテンを歌う』)の「アンナ」とか、結構難しいリズムだと思うんですけど、乗り方がとても粋なんですよ。
――せっかくだから聴いてみましょうか。『チエミ ラテンを歌う』の「アンナ」です。
土岐:(聴きながら)カタカナに聴こえないのがすごいですよね。 「外国の人が歌ってるのかな?」っていう感じ。
――お二人には事前にお好きな曲やアルバムを挙げていただいたんですが、共通する曲も幾つかありますね。1つはやっぱりデビューシングルの「カモンナ・マイハウス」(1952年)。
土岐:共通してました? やった(笑)。
――「カモンナ・マイハウス」のシングルがあるので、そちらを聴いてみましょうか。こちらは1962年のシャープス&フラッツとやってるバージョンです。
土岐:良いですね、ちょっと大人っぽくて。これも好きだけど、もうひとつのバージョンも良いですよね。1952年のオリジナルのほう。
――オリジナルのSPのバージョンということですよね。そっちも聴いてみましょうか。
土岐:そうそう、これこれ。1952年だから、当時15歳。ある意味、1962年のテイクよりも肝っ玉感ありますよね。「うちへおいでよ!」みたいな(笑)。
福原:いやー、やっぱりすごいです。ノリについて考えながら聴いてたんですけど、スウィングさせるところとさせないところの感じとか、理解力も凄まじいんだなと思いました。あと、リズムの伸び縮みもすごい。
土岐:確かに伸び縮みがありますよね。自分の中に正確なテンポ感があるから、そういうことができるんだと思う。
福原:そうですね。曲を単に“曲”として捉えているというより、曲の時間の流れの中に完全に自分をほっぽり出して、リズムに素直に動いてる感じ。 この時代含め全部そうだけど、江利チエミの楽曲ってブレイクが多いじゃないですか。そのときのタイム感、凄まじくないですか?
土岐:確かに。当時はクリックを聴きながらやってるわけじゃないですもんね。
――プロデューサーが細かく指導して、そういうタイム感を表現しているわけではなく、ある意味天性のものでやってるわけで、そこが江利チエミのすごさですよね。
土岐:そうそう。天性でできちゃってる。

福原:海外の曲を日本語詞にして、こんなにすっと行ける人、ほかにいないと思うんですよ。洋楽然とした音楽に日本語を乗せるとき、少し言葉を分解する必要ってあると思うんです。でも、そういうことをせず、字余りになりそうなところでも全然ノリは損なわれない。
土岐:日本語としてもすっと入ってくるしね。聴き取りやすいし。
――訳詞としてクレジットされている“音羽たかし”は、キングレコード文芸部のディレクターのペンネームですよね。
土岐:そうなんですか? 知らなかった。やっぱりレコード制作に携わる人たちはみんな音楽が好きな方たちなんですよね。当然なんだけど、今は必ずしもそうじゃないと思うんです。
――土岐さんと福原さんが共通して選んでいたのが「キャリオカ」です。
土岐:嬉しい! 「キャリオカ」もいろんなバージョンがありますよね。
――そうそう。カウント・ベイシー・オーケストラの来日公演で一緒にやってるバージョンもすごいですよね。スキャットが凄まじくて。
土岐:あれ、すごいですよね!
――じゃあ、カウント・ベイシー・オーケストラとのバージョンを聴いてみましょうか。

土岐:これは1963年の公演ですね。会場は厚生年金大ホール。
全員:カッコ良い!(笑)
土岐:1963年ということは、まだ26歳くらい?
福原:今の僕と同い年くらいですけど、往年の大歌手みたいな雰囲気がありますね。
土岐:これが同い年ってすごい。
福原:嫌ですよ。横にいても何もできない(笑)。
土岐:本当にカッコ良いですね。カウント・ベイシーの楽団を引き連れて、まったく物怖じしない感じもすごいです。
福原:“ガラッパチ”でもありますよね。

土岐:なおかつ、明るさもある。のちに映画でサザエさんの役をやってましたけど、本当にサザエさんみたいな親しみやすさもあると思います。
福原:そうそう、江利チエミは演技もすごく良いんですよ。サザエさんシリーズの演技なんて、やっぱり江利チエミでしかない。愛らしいというか、人柄として「こういう人がいたら惚れちゃうよね」という魅力があるんですよね。
「何をしても江利チエミでしかない」という点は、ミュージカルスターとしてすごい魅力があると思うんですよ。 江利チエミの映画、もっとみんなに観てほしいです。
土岐:なるほどね、もっと観てみます。
――映画俳優としても歌手としても、日本的な大衆感や民俗性と、アメリカ的な感覚や嗜好が共存してる感じがありますよね、江利チエミって。
福原:美空ひばりは音楽的なことも含め、ちゃんと自分を歌手らしく、その時々でアジャストしようとしてると思うんですよ。でも、江利チエミはシームレスで、誰と何をやろうとも江利チエミのまま動ける感じがします。そこは特徴だと思います。
――そこは面白いポイントですね。ラテンやジャズを歌ってるときと、民謡シリーズを歌ってるときでそんなに変わりがない。だからこそ、民謡シリーズの楽曲もDJでかけやすいのかも。
福原:それは絶対ありますよ。自分もこのレコード(『チエミの民謡ハイライツ』)はめちゃくちゃかけます。 DJで一番かけてるかもしれない。
土岐:何を一番かけてます?
福原:最近は「奴さん」がすごく好きです。
土岐:「奴さん」も良いですよね!
――せっかくなので、「奴さん」もかけてみましょうか。

土岐:(聴きながら)やっぱりカッコ良いですね。
――土岐さんもこの民謡シリーズはお好きなんですね。
土岐:大好きですね。チエミさんのジャズ民謡を聴いたとき、「日本のトラディショナルな楽曲ってこんなにカッコ良いんだ」と思って。もちろんアレンジのカッコ良さもあるんだけど、歌詞の世界も相まって、その地域のその時代の人にしか分からないような何かがある気がする。それをまたジャズで再解釈するところが面白いですよね。
――さっきジャズやラテンのノリをどう掴み取るかという話がありましたけど、日本の俗曲や流行り歌にある江戸的な粋みたいなものもすごく感じますよね。
福原:そうですね。民謡シリーズは江利チエミのギアが外れてるというか、伸び伸びとやってる感じがある。あと、江利チエミの歌ってオリジナルにない和の感じみたいなものがあるような気がするんですよ。“逆輸入っぽい和”というか。
――逆輸入っぽい和?
福原:コブシが入ると分かりやすい和の感じが出るんですけど、そういうものじゃないところに和を感じる瞬間があるんですよ。例えば、別の国のCMを観て、なぜか懐かしさを感じちゃうような感じというか、ちょっとパラレルな日本みたいなのを感じるときがあって。

――それこそ江利チエミの「テネシーワルツ」を聴いていると、古い民謡を聴いているような感覚を覚えることがあるんですよね。パティ・ペイジのバージョンを聴いていてもそんな感覚は感じないのに。
福原:そうですね。「バヤ・コン・ディアス」とかも江利チエミが歌ったほうが原曲の風景が浮かぶんですよ。
土岐:さっきジャズのフィーリングを掴んでるという話がありましたけど、民謡のフィーリングも自然に掴んでいたんでしょうね。たぶんフィーリングを掴むのが上手いんだと思う。民謡にしてもチエミさんは歌謡の歌い方を心得ているから本家の人のような民謡そのものというわけでもないし、そのミックス感が自然とできちゃってるって感じがする。
福原:ミックス感、確かにありますね。
土岐:『民謡ハイライツ』は本当にチエミさんじゃないと成り立たないアルバムだと思います。
福原:若い人にはこれが一番入りやすい気がする。
土岐:そうそう、チエミさんの魅力が全部出てますからね。
――ここで土岐さんがお気に入りだという『クレイジー・リズム』(1962年)を聴いてみましょうか。カール・ジョーンズとの共作です。

土岐:良いアルバムですよね。ずっと聴いちゃいます。これはもうカール・ジョーンズとの歌の息が異常なくらい合ってて、「どうやって合わせたんだろう?」っていう。
――うーん、カッコ良いですね、やっぱり。
土岐:カール・ジョーンズの声も涼しげで良いんですよね。これはドラムの白木秀雄さんのクインテットです。この曲ではないんだけど、アルバムのほかの曲には渡辺貞夫さんも入ってるんですよ。
(しばらく3人で聴き込む)
――聴き込んじゃいますね、あまりにカッコ良くて。
土岐:チエミさんの最後のオリジナル・アルバムはカール・ジョーンズとやった『NICE TO MEET YOU!』(1981年)だったんですよね。借金を返済し終わって、辛いことや悲しいこともあったけれども、そこを乗り越えてもう1回ジャズをやろうという初心に帰ったとき、かつて『クレイジー・リズム』を作ったころの良い時代のイメージがあったと思うんですね。だからこそ、『クレイジー・リズム』を一緒に作ったカール・ジョーンズのところに行って、もう1回歌を習おうとしたんだと思います。

――『クレイジー・リズム』と『NICE TO MEET YOU!』の間で20年の月日が開いてるんですよね。その間、いろんなことがありました。
土岐:人生のそのときそのときの感じが歌にすごく出る人ですよね。歌に率直に表れるから、晩年のライブ音源とか聴いていると、ちょっと苦しくなってきちゃうこともあって。
――さっき土岐さんがチエミさんの歌がある時期から変わってきたという話もされてましたよね。
土岐:そうですね。借金を返済するための巡業で歌いすぎていたところもあったと思うんですよ。自分がやったわけじゃないから借金も放棄してもいいのに、そこも「身内がやったことですから」って責任取って、高倉健さんにも被害が及ばないように離婚して。その時々のチエミさんの感情みたいなものが声に出てると思います。
――70年代のものも良いんですよ。酸いも甘いも噛み分けた味わいがあるというか。「旅立つ朝」(1971年)とかゴスペル感あってカッコ良いんですよね。
福原:うん、カッコ良い。声自体は20代を迎えるタイミングでも一度変わってる気がします。晩年になるとまた渋みも出てきますよね。晩年といってもまだ40代とかなのに、50年くらいのキャリアがあるような歌を歌っている。僕も最後のほうは当時のチエミさんの状況がよぎって、しんどくて聴けないものもあります。
――今回サブスクで配信されることによって、江利チエミの歌を初めて聴く若いリスナーも多いと思うんですよね。最後にそういう方々に対し、お二人からメッセージをいただければ。
土岐:もともとは進駐軍のキャンプでアメリカの音楽を歌う子供として働いていたところから始まっているわけで、その変遷自体が今の時代とは違いますよね。インディーズ的な現代の活動の仕方とはまったく違うし、その感じが現代からすると珍しく映るのではないかと思うんですよ。プロフェッショナルな歌唱技術もありつつ、演技もする国民的エンタテインナーとしてテレビでも活動したわけで。今はそういう人ってあまりいないですよね。
――そうですね。
土岐:ジャズを歌わせてもすごみがあるし、民謡も上手い。私はやっぱりジャズ民謡をとにかく聴いてほしいですね。あとはカール・ジョーンズとの『クレイジー・リズム』。この2枚から聴くことをお薦めしたいです。
――福原さんはいかがですか。
福原:実は戦前の段階で日本のジャズシーンってちゃんと存在していて、結構面白いんですよね。例えば、クラシックやサティをジャズと組み合わせてみたり、かなり自由で先進的なことをやっている。そういう人たちが吉本興業などの出囃子とかの演奏をしてたんですよ。江利チエミのお父さんも吉本興業のミュージシャンで、まさにそういう音楽をやっていた。戦前の日本のミュージシャンたちのそういった自由な音楽に対する気風は、戦争というものによって戦後にあまり受け継がれずに、今では途絶えてしまいつつあるんですけど、江利チエミはその感覚を受け継いでいたと思うんですよ。
――それは面白い視点ですね。
福原:音楽における自由さや奔放な感じ、面白い音楽にあるいろんな要素の混ざり具合、そういう感覚が江利チエミの歌唱にはあると思うし、若い世代が聴いても新鮮だと思う。音楽や映画を通じて、江利チエミという人物のキャラクターそのものにまず触れてほしいですね。そうすると一番魅力が分かると思うんです。ぜひポップスターとして、アイドルとして江利チエミに触れてほしいです。

<土岐麻子、福原音も参加>
江利チエミを愛するミュージシャン達が選曲とコメントを寄せたプレイリスト企画「私が聴く、江利チエミ」公開中!
「裏町のおてんば娘」

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「ガール・ポップとしての江利チエミ」

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