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『KING MINYO GROOVE INVASION』田中克海(民謡クルセイダーズ)×DJ吉沢dynamite.jp×大石始(文筆家)鼎談:前篇
今回は「KING MINYO GROOVE INVASION」シリーズで選ばれたレコードに触れながら、グルーヴ民謡の摩訶不思議な世界に迫る鼎談を企画した。メンバーはシリーズの監修を務めるDJ 吉沢dynamite.jp、海外でも精力的な活動を展開する民謡クルセイダーズの田中克海、司会は文筆家の大石始。前半となる今回は、「伝統」という大看板に縛られることなく、しなやかに同時代の音を奏でてきたグルーヴ民謡の魅力とその背景にあるものについて語り合った。
文:大石始 / 写真:松永樹 / 協力:World Kitchen BAOBAB
2025.12.19
・きっかけとしてのドリフターズ
――まず、お2人が民謡を意識したきっかけについてお話いただけますか。
吉沢:リサイクルショップでレコードを掘っていると、たまにサウンドチェックのレコードなんかが見つかるんですよ。そのなかに「八木節」とかが入っているものがあって、「民謡でもこういうものがあるんだ」と気づいた感じですね。
これなんかもそのうちの一枚(東京アカデミー混声合唱団『日本のうたによるコーラス・ビッグ・デモンストレーション』)。シャープのサウンドチェック用レコードにこのアルバムの「田原坂」が収録されてて、異常にかっこ良かったんです。
田中:このアルバム、激レアですよね。

吉沢:昔はこうしたサウンドチェックレコードは100円ぐらいで買えたんだけどね。あと、民謡を意識したきっかけとしては、子供のころから聞いてたドリフターズも大きかった。後になって「あ、ドリフが歌ってたあの曲って民謡だったんだ!」と気づくことがあって。
――ドリフターズは我々世代に民謡っていうものを知らしめるうえですごく重要な下地になってますよね。「ソーラン節」も完全にドリフ経由ですし。
田中:そうだよね、みんな歌えるもんね。
――克海さんはどういうきっかけで?
田中:僕はもともとラテンとかカリブ音楽などいろんな国のルーツ音楽が好きで、そういうものを探したり、自分たちのバンドでやってたんだけど、2011年に東日本大震災があって、自分のなかのアイデンティティーを自問自答する時期があったんですね。
自分の国のルーツミュージックといっても全然知らないし、当時はまだそういうものを掘り下げてるシーンもなかったから、「ちょっと日本のものも聴いてみようかな」というのが最初。YouTubeとかネットで探すなかで、林伊佐緒の民謡アルバム(林伊佐緒『林伊佐緒のジャズ民謡集』)とか、オークションで古いSPを探すようになるんです。こういうことを昔やってた人たちいたんだ、これだったら自分たちにも何かできるかもしれない、そう考えるようになりました。
――以前、EGO-WRAPPIN’の森(雅樹)さんがDJでかけていた江利チエミの「奴さん」の話をしてましたよね。
田中:そうです、そうです。それも最初っちゃ最初だね。あれなんでしたっけ? あのコンピ。
――「Rock A Shacka」シリーズ?
田中:そうそう、「Rock A Shacka」だ。森さんが選曲したコンピ(『Rock A Shacka Vol.3 Move! Babymove!』)に江利チエミの「奴さん」が入ってて、「こういう流れで聴くとまた違って聴こえるんだ」という発見がありました。美空ひばりも同じようなアプローチで民謡のアルバム作ってて、この感じ面白いなと思って、そのあたりも掘り始めるようになりました。
吉沢:俺ももともとラテン好きなんで、東京キューバンボーイズの民謡アルバムは昔から買ってた。ドラムが入ってるようなものはDJでもプレイしやすいしね。
・民謡に対する同時代からのまなざし
――吉沢さんにお聞きしたいんですが、和モノDJの方々は江利チエミや東京キューバンボーイズの民謡アルバムは以前からプレイしていたんでしょうか。
吉沢:割とプレイしてたと思う。俺より上の世代の人たち、たとえば小西(康陽)さんやコモエスタ八重樫さんとかは昔からかけてたかもしれない。
――民謡だからかけているというよりも、ビートがかっこいいからかけるような感覚?
吉沢:完璧にそうだと思いますね。俺も最初はそういう感じで探してたんだけど、そこからアレンジャーをチェックするようになった。たとえば山屋清が編曲してるものを探したり。とはいえ、情報がないから当てずっぽうで買っていく感じだよね。
――最初のころ一番かけてたのは?
吉沢:民謡じゃないけど、江利チエミの「カモナ・マイ・ハウス」かな。これは当時売れたからたくさんレコードが作られてるし、今も安いよね。これ(江利チエミ『チエミの民謡デラックス』)の「会津磐梯山」もかっこよくて、よくかけてるかな。この曲はフランスから出たコンピ(『Minyo Groove 1963-1979 – Japan Meets Latin, Rock, Rare Groove & Funky Vibes』)でも選曲しました。
――今に比べると、かつては民謡のレコードも安かったということもありますよね。
田中:そう、安かった! 20年ぐらい前は投げ売られているような感じだったし。
吉沢:和モノ全般、それこそシティポップでさえ安かったから。
――今ここにずらっと並んでますけど、これ全部揃えようと思ったらえらいことになりますよね。
吉沢:高いものもあるね。ただ、江利チエミのこのあたり(『チエミの民謡集』)はDJにも人気だけど、いまだに安いし。
田中:僕はこれの「串本節」が好きで、DJをやらせてもらうときは100パーセントかけます(笑)。ウッドベースのフレーズがかっこよくて。出だしがいいんですよね。
――「KING MINYO GROOVE INVASION」のラインナップを見ていくと、戦後のレコード産業のなかで民謡がどのように扱われてきたのか、その一例が分かるんじゃないかと思うんですね。もちろんここで取り上げられているもの以外にも地域で伝承されてきたものをそのまま録音したレコード、それこそフィールドレコーディングに近いものもたくさん出ているわけですが、民謡というものに同時代の人たちがどんなまなざしを向けていたのか、手に取るようにわかります。
吉沢:トラディショナルな民謡とは違うこういうものって、当時のモダンなアレンジをすることによって若者たちに民謡を浸透させようとしている感じもするんだよね。ジャズ畑の人が演奏したり、ファンキーなアレンジが施されていたり。
田中:そもそも民謡って全国にレコードとして流通していくなかで、歌われ方や聞かれ方が変わっていった面がありますよね。三味線とアコーディオン、ヴァイオリンみたいに和洋合奏みたいな形でアレンジがされていって、その時の流行の音楽と融合していったわけじゃないですか。みんなが知ってる歌である民謡に対し、新しく何かを盛り込んでいくという作業が脈々と行われてきた感じがするんですよ。
・大衆音楽としてのグルーヴ民謡のしぶとさ
――後半ではレコードを一枚ずつ聞いていきたいと思うんですが、その前にダークダックスの『ダークの若い民謡』っていう1965年のレコードについて触れたくて…。
田中:このレコード、今ちょっと値段が上がってきてますよね。
吉沢:そうだね。
――1964年から66年にかけてNHKで「若い民謡」っていう番組が放送されていて、このレコードはおそらくその番組と連動していたと思うんですけど、1965年の段階で「若い民謡」と付けるということは、この時点でもうすでに民謡が若いものとされていなかったということだと思うんですよね。そういうことも今回のラインナップからは見えてくる気がするんです。
吉沢:今回選盤するにあたって、そういうことは感じた。江利チエミが民謡のレコードを出し始めた1950年代の段階で古臭いものと思われつつあったんじゃないかって。
田中:寺内タケシが言ってたのかな。当時の学校ではエレキギターは不良がやるものだからと風当たりが強かったんだけど、民謡なら大人も理解してくれるんじゃないかと、自分のエレキサンドに取り入れたっていう話があって。寺内タケシにとっても民謡は上の世代の音楽だったんでしょうね。
――それはおもしろい話です。
田中:嘘だったらごめんなさい(笑)。何かで読んだことある気がするんですよ。
――でも、レコード会社でも民謡だったら企画が通りやすいってことはあったのかもしれない。
田中:あと、その当時一番ナウくて新しいものを特定のマーケットに届けるため、あえて民謡の企画として制作したということもあったのかも。音楽好きな人たちとは違う価値観を持ってる人たちに届けるのには、民謡が有効だったというか。
――民謡というものがひとつのエクスキューズというか、「民謡だったらまあいっか」みたいな感じに捉えられていた気はする。音頭もそんな感じですよね。アイドルだろうがアニソンだろうがコミックソングだろうが、全部音頭でやっちゃえという。
吉沢:結局民謡も音頭も大衆音楽ということだよね。
――確かにこのラインナップからは大衆音楽としての逞しさというか、しぶとさみたいなものを感じますよね。
田中:めちゃめちゃ感じますよね。そのなかに日本人のおかしさみたいなものが含まれてる。音楽好きとしては企画もの的な作品ってイージーな感じがしていたんだけど、今そういうものがじわじわと良くなってきてる。日本人にしか出せない、不思議なズンドコ感がありますよね。
吉沢:メロディーが独特だもんね。外国人からすると、そこに日本ぽさを感じるんだろうし、新鮮なんだろうね。
田中:そういう日本ぽいズンドコ感を自分らも楽しめるようになってきてるんでしょうね。自分たちでも発見してるというか、面白さに気づいてるところがあって。
――なるほど。こういうレコードを通じて、自分たちでも「日本らしさ」を発見しているというか。
吉沢:確かにそれはあるかもしれない。

・他の国のDJにはできない自分だけのスタイル
――吉沢さんは2020年9月の『WAMONO A to Z Vol.1』を皮切りにフランスの180gからさまざまなコンピをリリースしていて、2025年11月には『Minyo Groove 1963-1979 – Japan Meets Latin, Rock, Rare Groove & Funky Vibes 』という民謡グルーヴ集も出ました。ヨーロッパのレーベルやリスナーにとって日本の民謡はどのように聞こえているのでしょうか
吉沢:彼らにしてみると尺八とか三味線ってエキゾチックに聞こえるみたい。なんとなくそれはわかっていたので「民謡でもこういうグルーヴのものがあるよ」って提案したところ、やっぱりおもしろいと。
――普段聞き慣れない楽器が入ってるとやっぱりインパクトはありますよね。
吉沢:そうだね。節回しとかメロディーのどの部分が民謡的か、彼らはわかってないと思うんだよね。オリエンタルなメロディーでなんかいいなみたいな。フランスのDJの知り合いとかに聞くと、たとえば日本人がブラジリアン・ファンクを掘る感覚と似てるような感じがしたね。
――歌の部分というよりも、トラックをまず聴いてる感覚。
吉沢:DJ的な感覚から言えばそんな感じだよね。
田中:全体的な気分として「ジャパニーズ・レアグルーヴってなんかいいよね」というムードはある気がしますね。
――民謡クルセイダーズもその180gからレコードを出してますし、コンスタントにヨーロッパツアーをやってるわけですが、「ジャパニーズ・レアグルーヴ」を求められてるという空気を感じますか。
田中:感じますね。ライヴが終わったあと、物販でコミュニケーションを取っていると、ありったけのジャパニーズ・レアグルーヴを出してくるんですよ。竹内まりやや山下達郎の名前はバンバン出てくるし、ちょっとマニアっぽい人は「お前は高中正義が好きか?」みたいなことを言ってくる(笑)。
――なんて答えるんですか。
田中:「おう、もちろん!」って(笑)。ただ、そこには「民謡」というジャンルについてはあまり意識されていない感じがしますね。シティポップも含めたジャパニーズ・レアグルーヴのひとつとして民謡クルセイダーズが捉えられていて、「日本の面白い文化」としてゴチャッと楽しまれている感じがします。

吉沢:「日本贔屓」というのが基本にあるよね。アニメやシティポップを深めた日本文化好きというか。
――ヨーロッパには日本の民謡に特化してディグってるDJっているんでしょうか。
吉沢:民謡だろうがどこの国だろうが、ドラムが立ってる感じのレコードを欲してる人たちは結構いるけど、民謡にフォーカスしてるDJはそんなにいないと思う。だからこそ、180gからコンピ『Minyo Groove』を出そうと思ったんだけど。
――現時点ではヨーロッパで「MINYO」という言葉自体はまだ広まる前の段階だけど、吉沢さんが『Minyo Groove』のようなコンピを出すことによって、初めて「MINYOってなんだ?」と検索する人もいるかもしれないわけですね。
吉沢:あとは民謡クルセイダースさんがいるので(笑)。
――克海さんはヨーロッパで「MINYOってなんだ?」って聞かれませんか?
田中:聞かれます。だから、MCでは必ず「Do you know MINYO?」って聞くんですよ。民謡はジャパニーズ・オールド・フォークソングで、ワークソングでありフェスティヴァルソングだ、今の日本ではその民謡を歌ってる人は少なくなっているんだけど、僕たちが今ここで民謡を蘇らせますって。
――お2人はそれぞれの活動を通してMINYO/民謡を世界にプロモーションしてるわけですね。
田中:海外に行くと、自分が何者なのか相手に伝えることがすごく重要視されるじゃないですか。だから音楽を作るとき、自分が何者なのか言えるものを作ろうとは考えています。「自分はこういうもんです」と言えるかどうか。
――吉沢さんもそういう意識はあるのでしょうか。
吉沢:自分はもともとヒップホップやハウスがルーツにあったけど、最初のころはちょっと和モノを小馬鹿にしていたところがあって。山下達郎はかっこいいけど、他はあまり興味を持てなかった。2000年に和田アキ子さんのリミックス(「古い日記 DYNAMITE SOUL MIX」)をやったとき、声ネタを使うためにいろんなレコードをチェックすることになったんだけど、そこから和モノ全般に興味を持つようになったんだよね。そのなかで「他の国のDJにはできない自分だけのスタイル」を意識するようになった。
――他の国のDJにはできない自分だけのスタイル?
吉沢:そう。日本人の友達がロスにいて、たまに遊びに行ってたんだけど、一緒にラップのライヴに行くと、向こうの連中は当然リリックの内容がわかっていて「そうだ!そうだ!」と盛り上がってるわけ。その光景を見ていて、俺たちは洋楽をいろいろ聞いてきたけど、本質はわかってないなという話をしてた。
向こうの音楽がサウンド的にかっこいいのは間違いないんだけど、やっぱり俺は日本人だから、日本の音楽を紹介していく役割があると思ったし、昔の俺みたいな洋楽かぶれの人たちに日本の音楽をかっこよく聴かせるにはどうしたらいいんだろう?ということはよく考えた。反骨精神って言ったらかっこよすぎるかもしれないけど、その意識は今もあるかもしれないです。
後篇へつづく










